ある日、自分がAIを使いすぎているような気がしてきた。
何か考えようとするたびにChatGPTを開く。文章を書こうとすると「とりあえずClaudeに叩き台を出させる」が口癖になっている。
これ、依存してるんじゃないか?
確かめるために、1週間AIを使わないで過ごしてみることにした。
ルール
- ChatGPT・Claude・Gemini・Grok——全て使わない
- 検索エンジン(Google)は使ってOK
- 期間:7日間
- やめた理由は誰にも言わない(言い訳の余地をなくすため)
1〜2日目:思ったより平気
最初の2日は意外と乗り切れた。普段からやっている作業をこなすだけなら、AIがなくてもどうにかなる。
「あ、これ聞けばよかった」と思う場面は何度もあったが、Googleで検索すれば大体解決する。AIがなくてもなんとかなるじゃないか——と少し安心した。
3〜4日目:文章が進まない
問題が起きたのはここからだった。
記事を書こうとしたとき、構成が全然まとまらない。「いったんAIに骨格だけ出してもらって……」と思ったところで「あ、使えないんだった」となる。
代わりにノートに手書きで構成を考えてみたが、1時間かかって出てきたのがAIなら3分で出てくる量だった。
効率の落差に、少しへこんだ。
5日目:「これ調べたい」が溜まっていく
調べたいことが出るたびにメモしておくようにしたが、5日目になるとそのリストが20件を超えていた。
「あとでAI解禁したら全部聞こう」という蓄積が増えていく。これはもはや依存ではなく、依存の予約だった。
6〜7日目:慣れてきたが、戻りたくなった
後半は少し慣れた。AIがなければないで、自分で考えるしかない。考える速度は落ちるが、自分の頭だけで出した結論に妙な達成感があった。
ただ正直なところ、「早く解禁したい」という気持ちは最後まで消えなかった。
7日後、最初にしたこと
溜まっていた「AIに聞きたいこと」リストを全部投げた。
20分くらいで全部片付いた。
「依存してたんだな」と思いながら、でも少し笑えた。
やってみてわかったこと
依存しているのは間違いない。でも「依存」という言葉が持つネガティブなニュアンスが正しいかどうかは、少し疑問が残った。
電卓に依存している人を「計算できない人間だ」とは言わない。スマホのGPSに頼ることを「方向感覚がない」とは言わない。
道具として使っているなら、依存は悪いことじゃない。
問題があるとすれば、「AIがないと何もできない」になること。1週間やってみて、それにはまだなっていないとわかったのが一番の収穫だった。
あと、AIがない1週間で「自分の頭だけで考えること」の筋力を少し思い出せた気がした。これは副産物として良かった。