毎日ChatGPTを使っていた時期があります。
メールも、資料の下書きも、ちょっとした調べ物も、全部AIに投げていた。「これで仕事が速くなる」と思っていた。
でも、3ヶ月経っても、仕事が楽になった実感がなかった。
むしろ、AIの回答を読んで「なんか違う」と直して、また聞いて、また直して——その作業が増えていた時期すらあった。
「完成品」を求めていた
最初の失敗は、AIが出したものをそのまま使おうとしていたことでした。
メールの下書きをAIに書かせて、読んで「なんか自分っぽくない」と修正する。修正しながら「これ自分で書いた方が早くなかったか」と気づく。
AIに完成品を求めていたから、完成品じゃないものが返ってくるたびにがっかりして、修正コストが発生していた。
気づいた時には「AIは下書きの起点を出すもの」と割り切るようになりました。完成品を期待しなくなったら、逆にストレスが減った。
毎回ゼロから打っていた
もう一つの失敗が、うまくいったプロンプトを保存していなかったことです。
「先週のあの聞き方、良かったんだよな」と思っても、どのチャットだったか見つからない。また試行錯誤して、似たような答えを引き出すのに10分かかる。それを毎週繰り返していた。
「AIを使っている」のに、なぜか同じ場所でつまずき続けていた。積み上がっていなかったから。
「使うこと」が目的になっていた
一番気づきにくかった失敗は、これでした。
「とりあえずAIに聞いてみよう」——この感覚で使っていると、何を解決したいかが曖昧なまま会話が始まる。曖昧な問いには、曖昧な答えが返ってくる。
「なんか使ったけど、何が解決したんだっけ」という時間が積み重なっていた。
変わったのは「何が困っているか」を先に自分で言語化してからAIに投げるようにしてから。そうすると、AIへの問いが具体的になって、返ってくるものが一気に使えるものになった。
変わったのは「付き合い方」だった
使うツールは同じです。ChatGPTは何も変わっていない。
変わったのは、こちらのAIとの向き合い方でした。
完成品を求めない。うまくいったやり取りを残す。問いを先に自分で作る。——この3つが変わっただけで、同じAIが急に使いやすくなりました。
AIとの関係は、一回ごとのやり取りではなく、積み重ねていくものだと気づいてから、仕事の中でのAIの存在感が変わりました。
積み上げるためには、記録が必要だった
うまくいったやり取りを流してしまうと、積み上がらない。同じ失敗を繰り返す。
「あの時どう聞いたか」が手元にあると、次が速くなる。それが蓄積されると、AIとの付き合い方が育っていく。
記録は、AIとの関係を育てる一番地味で、一番効く方法でした。